ポルトガルワイナリー視察レポート

Fita Preta - 2023/5/18 訪問 レポート:佐野 敏高

とうとう生産者訪問も最終日を迎えました。
アレンテージョ地方です。朝はEvoraの街を散歩し、ローマ神殿あとから旧市街の街並みを眺めながら当時の歴史に想いを巡らせます。

城壁都市の街並みを見渡しながら車で30分ほどのドライブでFita Pretaへ到着しました。
醸造・栽培責任者でもあるオーナーのAntónio Maçanitaさんとマーケティングマネージャーのデイヴィッドさんの案内でカンティーナの見学が始まりました。アントニオさんは2000年にAzoles諸島でワインの道に足を踏み入れますが、その後彼が初めて作ったワインが2004年、23歳の時でした。挑戦や実験、アレンテジャーノの歴史や土地への愛を感じるようなワイン造り、失われた葡萄品種の再生などを手掛けていきました。4つの異なる地域でワイン作りを行いながら個人のプロジェクトも進行させています。すごいですね。中でも、Azoles wine companyの設立が特筆するものではないでしょうか。

ワインメーカーのアントニオ・マサニータさんと英国の葡萄栽培コンサルタントであるデイビッド・ブースさんが出会いFita Pretaを設立したのが全ての始まりでした(残念ながらデイビッドさんは2012年に逝去しました)。ローマ時代の古城跡地を現在も改修しながら、その内部を樽の貯蔵庫にしたり、歴史的なアーキテクチャーとして保存される地下修道施設があったりと、新たに新設した最新設備の整った醸造所から葡萄果汁をポンプで移動させるなど古き良き建物をうまく活用しています。

到着してからはコーヒーやジュースを飲んでリラックスして、と感じるようなおもてなしを受けますがテースティング前にコーヒーやらを飲んでいいものかと試されているような気になりました。Evoraの午前時間は少し肌寒く、アレンテージョ地方はとても暑く雨が少なく、5月後半から半袖で生活できるのかと思っていました。まだ春だから昼夜の寒暖差があるのでこれくらいの気候だよとのこと。

グラビティフローなどの最新の醸造設備や醗酵用のタンクルームを拝見しました。白ワインについては、ナイトハーヴェストで収穫した葡萄は施設に到着後すぐに全房にて空気圧式プレスをしてジュースを1回、2回、3回目と分けて管理してブレンド、ワイン造りをしているとのことでした。特に強調されていたのがSO2の使用する工程のことでした。基本的には最小量を澱接触しているタイミングで添加する(澱引き後かもしれません)のみで、瓶詰め前などに添加することはないようです。
瓶詰め前だけ使用することでトータルのSO2量を減らす生産者さんが多くなってきた昨今、赤ワインに関しては醗酵期間を長くするために外気に晒して温度をコントロールして少しずつゆっくりと安定させていくようです。
SO2添加についてはかなり実験的なことを繰り返し、樽内の液体は酸化したり、濁ったりと一般的にはネガティブな方向へ向かうそうですが、少しずつ液体が自然に回復していき素晴らしい果実と味わいの透明さが生まれるとのことでした。
本当に不思議で仕方なかったのですが、できあがったワインを飲んで驚きが隠せませんでした。

テースティングのワインの本数が多く、時間に追われながらも誠実に自分のワインと向き合うアントニオさんが本当に素敵でした。
言葉の隅々には自信に溢れていて、グラスのワインの眺めながらまだ見ぬ消費者の方々を想像しているのではないか、と思わされました。

全体的に清潔でワクワクするような色調と香りの立ち上がり(各々の葡萄個性がしっかりとでている)味わいの透明さと果実の開放感が共通していました。SO2の話を聞いたときは過度なナチュラル志向をもっていると思ったのですが、葡萄の質をいかに液体の中で最大化させるかを苦心した結果のことだったのでしょうね。


・Trincadeira das Pratas -Chao dos Eremitas-
アレンテージョの古代品種であるタマレスの別名のようです。(本当はTrincadeira das PrataとTrincadeira Pratasも異なる葡萄なので、正確にどちらかは各生産者の認識によっても異なるのではないかと推測します)保水性の高いスペシャルな畑から産するワインは樹齢の高さを感じるエネルギー感がありながらも、口内で優しい水蜜桃のような香りが広がり、BGMのボリュームがゆっくりと消えていくような儚い余韻を残しました。
・Branco de Talha
2010年に初リリースしたBranco de Talha(アンフォラ)もローマ人が作り出したワイン作りの伝統を復活させたワインです。
ここ10年間で急激に復活を遂げた気がします。そのムーヴメントのパイオニアの一人ではないでしょうか。
アンフォラが造るスパイシーでお茶を飲むような抜け感あふれる液体なのに、一切の不浄な要素がありません。Roupeiro, Antao Vazの葡萄個性は最大化されているのに際立った個性が表現されています。何より苦味が少なく、醸造技術がつくる調和の世界があります。

赤 さまざまな葡萄品種でワインを作りますがAlentejoでCastelao, Touriga Nacional の単一品種ボトルがアントニオさんが思う葡萄への解釈が詰まっていて面白かったです。またTinata Carvalhaという色調は淡くも香りの芳醇さで魅了される赤ワインもAlentejoの古代品種の再興を思わせます。

・Preta
7種類の葡萄をブレンドしたFita Pretaのトップキュヴェです。2013年以降はデイヴィッド・ブースへのオマージュをこめたデザインに変わっています。AntonioとDavidの最上のワイン造りの熱意がこもった作品です。そのためDOPの規定範囲内では表現できない要素をふんだんに取り入れているためIGP Alentejanoの呼称でワイン作りをしています。密度のある重層性をもった味わいの要素も、グラスの中で空気に触れれば解放されていきます。非常にエネルギーのある黒色果実、スパイシーさが鼻腔をくすぶりますが、味わいはシルキーで緻密に編まれたテクスタイルの糸が口内で解けていくように味わいを広げていきます。果実、スパイス、ハーブ、中心には赤色の林檎、その周りに桑の実のような甘酸っぱさも。

Azoles諸島のワイン
ワイン作りの出発点でもあったAzoles諸島ですので思い入れがあったのは間違いないでしょう。
卓越した歴史と葡萄畑、100年を超える葡萄木の存在はアントニオにとって宝島そのものだったに違いありません。
ピコ島の白ワインは高い酸度、塩分、火山岩からなるトロピカルな性格が特徴的です。
アントニオのワインは絶対的な縦長の背筋のはった筋肉美に葡萄の個性、醸造による果実の最大化によって桁違いのスケールの作品を生み出しています。正直これほどクオリティが高いとは思いませんでした。
葡萄栽培だけでも難しく、輸送などにも最新の注意が払われるであろうワインたちです。愛情いっぱいの気持ちでいただきました。
Verdelho、Arinto dos Acores, Terrantez do Pico種を用いたワインたちです。

・Terrantez do Pico
アントニオが2010年に加わったプロジェクトで消滅の危機に瀕していたTerrantezを少しずつ増やしていくことを目的としています。
現在は植樹などのおかげで32haまで増えたそうです。素晴らしい香りに甘みと苦味が共存しているのが特徴です。酸味のメリハリがきいているのでなんとも美しいのですが、樽の中でさらなる進化を遂げる個性をもっているようです。賛美の詩が書かれています。
テランテスのブドウは、食べたり他人に与えたりしないでください。神がワインを作るためにそれらを作ったのですから。

・Vinha dos Aards Criacao Velra 1os Jeiroes
価格もかなりのハイプライスなのですが、アブルッツォの偉大なる造り手、エドアルド・ヴァレンティーニさんのワインを飲んだとき、ヒューゲルさんのクロサンテューヌを飲んだときにも感じた、新しい世界に開眼するような体験を与えてくれるのがこのワインでした。この畑は特別な島で最も重要な一家だったアードー家が所有する畑をカルドーゾ一家へと売却、1924年に植樹、そして最近アントニオへと引き継がれたものです。
歴史があり、ワインがもつ圧倒的なスケール、味わいの複雑さと葡萄品種がつくる氷のように冷んやりとした美しい酸味。
火山性土壌が造る爆発力。全てが混然一体となった彫刻芸術のようなワインでした。

限られた時間の中での訪問でしたが、アントニオは将来のポルトガルワインの革新的な変化をつくり、牽引する若手世代の筆頭格だと思いました。ワインだけでなく人格、歴史への敬意、話口調のトーン、全てにおいて人を魅了する空気をつくります。

ワインの世界観に圧倒される方が増えることと思いますが、そのためにはFita Pretaでの体験を多くの方々へ伝える必要があります。
なによりも教科書で見るアレンテージョの個性と、体で感じる内容はかなり異なったことを伝えていきたいです。